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出版社で働く東大出身者へのインタビュー Vol.3 青土社 Yさん
公開日:2026年2月28日

上の写真は、Yさんが2025年に担当した書籍のいくつか。回答中にある通り、一担当者の中でも分野がバラバラであることが見てとれる。
■名前
Y
■東大在籍時の学部、専攻
2021年度 文学部卒
■現在勤めている出版社
株式会社青土社
Webサイト:https://www.seidosha.co.jp
■大学時代の過ごし方
駒場で1、2年を過ごしていた頃は、新聞をつくるサークルやフィールドワークをする自主ゼミの活動で、いろんな方に話を聞きに行っていました。文学部への進学を決めた頃からは、大学の図書館で辞書と首っ引きで哲学関連の原書を読んでいる時間が多かったように記憶しています。
■大学時代における本や生協書籍部との関わり方
高校時代は受験勉強で精一杯で本をほとんど読めていなかったので、その反動からか、大学に入ってからは、人文系の書籍、とくに哲学・思想関連のものをずっと読んでいました。いまでは惜しいことをしたと思いますが、平日は授業や授業準備にかまけて、ふらりと生協書籍部さんを訪れるといったことはあまりできませんでした。教科書の購入や書籍の取り寄せでお世話になりました。
■出版業界を選んだきっかけ
小学生の頃から新聞など紙の媒体には関心がありましたが、とりわけ中学生のときに読んでいた中高生向けの新書(ちくまプリマー新書や岩波ジュニア新書など)に影響を受けています。第一線の研究者が考えていることを、一般の読者にも理解できるかたちで届けるということに魅力を感じていました。
■どんな仕事をしているか
青土社は『現代思想』『ユリイカ』という二つの月刊誌と書籍(主に人文書)を刊行しています。編集部もそれに合わせて三つに分かれており、私はこのうち書籍編集部に所属しています。編集では、企画を立てるところから実際に本の形になるところまで、すべての工程に関わります。著者・訳者の方との打ち合わせやゲラ(実際に活字になった状態の試し刷り)の校正を通して、本の中身を詰めていくのと同時に、装幀家や印刷会社、紙の販売会社の方と連携しながら、本がモノとして成立するのを見届けます。
■勤めている出版社の特徴や魅力
他の出版社の方のお話を聞く限り、20代、30代の社員の比率が高いのが特徴だと言えるかと思います。どんなテーマを選ぶか、どの著者に依頼するのかなど、おのおのの裁量に委ねられている部分が大きく、おおむね自分の関心に基づいて本や雑誌をつくることのできる環境になっていると感じます。
■出版業界にいて感じること
書き手の方がいての本であることは言うまでもありませんが、想像していた以上に、出版は「ものづくり」でした。「書く」のほかに「編む」「組む」「包む」「刷る」「運ぶ」「売る」などさまざまな工程を経て、本は形になり、手元に届きます。大きな会社では制作部署が担当する仕事であっても、青土社では編集部の社員が担当します。そのぶん作業は増えますが、本を「つくっている」という実感をもちながら仕事ができるところはひとつのよさだと考えています。
■仕事のやりがいや楽しさ
映画、歴史、心理というように、担当する一冊一冊がまったく異なる分野の書籍なので、そのつど新しい学びがあります。学生時代は専門の周辺の本ばかり読んでいたので、会社に入った当初は、ふだん使っていない筋肉を伸ばされているような感覚がありました。いまではむしろそれがひとつの楽しみになっているように思いますし、そのなかでより深めたいテーマに出会うこともあります。実際に刊行してから、書評が出たり、読者の方とお話ししたりするなかで、予想していなかったかたちで読まれていることに気づくこともあり、それもまたこの仕事の面白さだと思います。
■自社の推薦商品とその理由
同じ書籍編集部で働いている他の社員が編集した書籍を取り上げてみました。
兵藤裕己『物語伝承論』青土社、2025年。
「琵琶法師」というと歴史上の存在を思い浮かべる方も多いでしょうか。実は20世紀の終わり頃までは、九州地方に盲僧の語り物伝承が残っており、兵藤さんはその最後の時代に精力的にフィールド調査を行い、記録した方です。本書は、その経験をもとに壮大な「声」の文学史を立ち上げる大著です。はじめに会議で企画書を見たときから、私のなかで刊行が待ち遠しい一冊でした。
アーロン・パーザナウスキー『修理する権利——使いつづける自由へ』西村伸泰訳、青土社、2025年。
スマートフォンが壊れてしまったとき、自分で直そうにも直せず、高いお金を払って買い換える羽目になった、そんな経験はありませんか。本書を読むと、一人ひとりのデバイスから、医療や農業の現場で使われる器具にいたるまで、企業が巧妙な仕方で「修理する権利」を奪っている現実をうかがい知ることができます。自分ひとりのモヤモヤと社会全体の歪みをつないでくれる一冊です。
柿木伸之『ベンヤミン 破局の後に生き残る思想』青土社、2025年。
戦争とファシズムの時代を生きたドイツの思想家ベンヤミン。本書は、ベンヤミンが歩んだ道のりのその先を、柿木さん自ら歩き続けるようにして綴られた一冊です。柿木さんは、本書の刊行に寄せて「生きるとは、生き残ることである」というデリダの言葉を思い出したそうですが、死者とともに生きるということがどういうことなのかが、ベンヤミンを読む柿木さんの道行きそれ自体によって示されています。
■最近の出版業界のトレンド
ひとことで言えば「一人称性」でしょうか。文芸書に限らず人文書であっても、それを研究し書き綴る「私」と読む人自身の「私」とを重ね合わせることのできるような本が、ひろく支持されている印象をもちます。他方、教養としてなにかを「学ぶ」という動機で本を読む人は以前に比べると減っているのかもしれません。他社の知り合いから、いまでは新書の主な読者層は70代で、若い読者の発掘に苦慮していると聞いたことがあります。
■東大生に読んでほしい本
多和田葉子『研修生(プラクティカンティン)』中央公論新社、2025年。
東京大学の学生さんに限らず、広く学生さんにということで、2025年に読んだ本から選んでみました。大学を卒業して、ドイツの書籍取次会社で研修生として働く「わたし」の日々が、おそらくは多和田さん自身の経験に基づきながら、綴られています。
何気なく置かれている次の一節が印象的です。「わたしは今年起こったことで忘れたいことってあるだろうか。嫌なことも含めて全部保存しておきたい気がする」。
大学時代にはいろんなことがあると思いますが、よいことだけでなく、ごく小さな想念や腑に落ちない出来事にも、その出来事なりの居場所があるということに気づかせてくれる本です。
■東大生へのメッセージ
出版業界、すくなくとも人文書の業界は決してよい状況とは言えず、現場でもそれはさまざまな歪みとして現れています。そのうえで、本を仲立ちとして、人や社会とつねに新しく出会うことのできる恵まれた仕事であるということは、自信をもってお伝えできます。この記事を読まれた方と、同じ業界で一緒に働く機会がこの先あるのであれば、とても素敵なことだと思います。
<了>
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