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お知らせ

全体 出版社で働く東大出身者へのインタビュー Vol.2 東京大学出版会 中野弘喜さん

公開日:2026年1月30日
修正日:2026年2月9日
…自社の推薦商品2点目の書名記載漏れを修正しました。ご連絡いただいた読者様、ありがとうございました。

■名前
中野弘喜(なかのひろき)

■東大在籍時の学部・専攻
2000年 学部入学(文科三類・中国語選択)
2002年 文学部歴史文化学科(日本史学専修)
2004年 大学院修士課程人文社会系研究科(日本文化研究・日本史学)
2010年9月 大学院博士課程満期退学

■現在勤めている出版社
一般財団法人東京大学出版会
Webサイト:https://www.utp.or.jp/

■大学時代の過ごし方
大学に通うために東京に出てきて初めて一人暮らしをしました(岡山県出身)。生協さん主催の物件案内会で紹介された、井の頭線沿いの学生アパートに住んでいました。住人の全員が東大生でした。今はもうこういう物件は少ないのではないでしょうか。
学部3年生からは本郷キャンパスに通いやすいところにいったん引っ越しましたが、井の頭線沿線の雰囲気の方が好きだったので大学院に入るときに同じアパートに出戻りました。長く住んで大家さんとも親しくなったので就職後も特別にしばらく住まわせていただいていたら、東京大学出版会が本郷キャンパスから駒場キャンパス隣接地に移転することになり、駒場に縁のある人生だなと思ったのを覚えています。
学部で日本近現代史を専門に選んで以降は、文献や史料を探して読んだり、そのためにくずし字の読み方を習得したりするのにほとんどの時間を費やしていたと思います。
アルバイトは研究関係で紹介いただいて国会図書館やいくつかの博物館、資料館などで資料整理をしたり、教育関係の会社で問題作成のようなことをしたりしていました。スポットのアルバイトで出版社の返品倉庫で働いたこともあります。
博士課程のころには出版社のミシマ社で編集補助のアルバイトをさせてもらいました。自由が丘の一軒家を社屋にされていた頃です。友人がミシマ社に勤めていて、作家の松本健一さんの本を今度出版するのだけど書籍の校正刷り(ゲラ)への書き込みの赤字がすごくて読解するのがたいへんだ、日本史専攻でくずし字が読めるならこういうこともできるだろうから手伝ってほしい、という依頼でした。それがきっかけでその後も数年間いろんな本のお手伝いをさせてもらいました。楽しかったですね。ミシマ社でアルバイトをした経験がなかったら、のちのち出版業界で働こうとは思わなかったでしょう。

■大学時代における本や書籍部との関わり方
専門の内容的には、本や文献や歴史資料(活字化されたものもそうでないものも)を読むのが日常だったので、本はいつも身の回りにたくさんありました。私の在学中ぐらいから、トーハンのe-honや日販のHonya Clubなど、書籍の通販で受取店舗を指定できるサービスが増えてきて、特に後者は大学生協書籍部を指定できたので、よく使っていました。
書店は書原阿佐ヶ谷店が好きでした。店舗の中が本でぎゅうぎゅう、という感じがよかったですね。単に本がたくさんあったということではなくて、店舗のサイズ感と什器の配置、棚の見せ方の相乗効果で「本に囲まれていて楽しい」と思わせてくれて、いつ行っても「あ、こんな本もあるのか」と思わせてくれるような本の在庫と並びをしていました。今はもうありません。

■出版業界を選んだきっかけ
博士課程まで進みはしましたが、研究に打ち込むために他のことを切り捨ててでもやりたいという意志が自分には足りていないなと思う機会が何度かありました。言い換えると、自分の中からだけでは研究に専念することへのモチベーションをどうにもうまく調達しきれないと感じたわけです。このままだらだらと続けて抜き差しならない状況になってしまう前にいったん手に職をつけた方がよかろうと思い、それまでの自分のキャリアを最も正確かつ高く評価してくれる業界で職探しをしようと考えました。たまたま見ていた東京大学出版会のウェブサイトに営業職の経験者募集が出ていて「これだな」と思いました。経歴的にはミシマ社で編集補助をしただけなので、営業職の経験者という募集内容を満たしていませんでしたが、「ダメでも落ちるだけだし」と思って応募したら採用していただけました。

■どんな仕事をしているか
最初の10年間は営業職でした。営業と言っても、「本が世の中に流通するために必要なこと」すべてが営業の仕事だったので、いわゆる書店営業だけでなく、流通の管理に属するような業務や電話対応、ウェブサイトの管理更新などもいろいろやりました。何年かSNSの中の者もやっていました。
今は編集に異動したので、主に人文系の領域で企画を立てて原稿をいただいて、印刷所、製本所、デザイナー、さまざまな方々の力を借りて書籍のかたちにするところまで全体のマネジメントをしています。

■勤めている出版社の特徴や魅力
東京大学からうまれる研究の成果を書籍のかたちで世に届ける手伝いをすることが組織としての最大のミッションであり、特徴としても唯一の存在だと思います(「最大」のミッションであるだけで、実際の仕事相手に制限はありません)。私自身は研究者にはなれませんでしたが、研究者になるためのトレーニングを受ける過程で、研究という行為に人生をかけて打ち込む人たちの大変さとその思いの熱さを身近で感じた経験があります。そこから生まれるシンパシーが今の私の原動力の一部になっているので、このミッションは私にとっては最大の魅力でもあります。
一方で、研究の成果の内容や価値を世に広く伝えるためには研究そのものとは別のアプローチや視点が必要になってきます。学生の時の専門から離れた内容になると理解すら難しいこともありますが、そこで苦心しながら「この研究内容の魅力を人に伝えるためにはどうしたらいいのか? 著者はどういう思考のプロセスを持っていて、何を大事にしているのか?」と考えて伴走し、最後に本のかたちにしたものを世に送り出すことには大きな達成感があります。
東京大学出版会には東大以外の出身者もたくさんいますが、私はたまたま出身も東大なので、自分と直接に関わりのある人びとのお手伝いができる機会が多々あり、仕事であると同時にプライベート的な意味でも充実した感覚を覚えることがあります。

■出版業界にいて感じること
本そのものに触れていられる時間が意外と短いですね。編集の仕事としては、本になる前の素材を介して著者とやりとりしている時間と作業量の方が圧倒的に長く多いですし、営業の仕事のほとんどは「本が世の中で流通して買ってもらえるようにするためのお膳立てをする仕事」です。本が好きな人は業界にたくさんいるでしょうし、本が好きであるという気持ちはとても大事だと思いますが、「人の思いを受けとって何らかのかたちに落とし込む」という行為そのものや、「ものをうまく流通させる仕組み」を運用することに喜びを感じられる人がいきいきと仕事をしている、という印象を私は受けています。

■自社の推薦商品とその理由
1点目
『近現代日本史 幕末維新から第一次世界大戦まで』
『近現代日本史 世界大戦間期から冷戦終結前後まで』
※いずれも2026年3月下旬に刊行予定。
「自分が学生の時にこの本で勉強がしたかった……」と著者も読者も思える日本近現代史のテキストを、若手・中堅の研究者の方々とつくろうと思いました。今、自分たちが生きる社会の複雑さの根っこを理解し、生き抜くためにものを考える力を養うテキストは、歴史を学問として学ぶかどうかにかかわらずすべての生活者に必要なものだと思います。「問い」を持つことがその第一歩だ、ということをこのテキストは教えてくれます。

2点目
高山博『神秘の中世王国――ヨーロッパ、ビザンツ、イスラム文化の十字路』
1点目が刊行予定なので(ゴメンナサイ)既刊からもう一点おすすめを。
駒場に通い始めて、「研究が講義になるってこういうことか…」としみじみ感動したのは、駒場の11号館で受けた高山博先生の講義でした。4つの言語が刻まれた石版のスライドを前に、その判読と読解の過程、そして先行研究を乗り越えた経緯を高山先生が訥々と、しかし堂々と話す様子をよく覚えています。私は日本史に進みましたが、駒場で高山先生の西洋中世史の講義を受けたことの影響は計り知れません。本書は講義の副読本として指定されたもので、実質的にはこの本にまとめた内容をベースに講義をなさっていたはずですが、本を読んだだけであれほど感動したかどうかは謎です。カイ・ニールセンの優美な絵画を活かした装丁も素敵。

■最近の出版業界のトレンド
宣伝のB to C化が顕著だと思います。スマートフォンを媒介にしてありとあらゆるものが生活者のリソースを奪い合うようになっている社会の中で、想定される読者に対して本の情報を確実に届けて購買行動を起こしてもらう手段を、各社が自社の出版物の強みと連動させる形で確保する努力をしているように見えます。
この課題については、「学術出版のプロモーションを〈つくる〉」という論考を書いたことがあるので、興味のある方は本インタビューと合わせてご覧ください
※一般社団法人大学出版部協会『大学出版』120号(2019.11)
「*特集 出版プロモーションの現在地」
https://www.ajup-net.com/wp/wp-content/uploads/2019/12/ajup120_all_191130.pdf

■東大生に読んでほしい本)
古賀史健『集団浅慮 「優秀だった男たち」はなぜ道を誤るのか?』(ダイヤモンド社、2025)
アーヴィング・L・ジャニス『集団浅慮 政策決定と大失敗の心理学的研究』(新曜社、2022)
このインタビューを読んでいる東大生の中には、いずれは何かの組織の意志決定に関わるようになる人も多いでしょう。閉鎖的で同質性が高く、多様性のない集団の中で働く力学の強さと恐ろしさについては、いくら知っておいても知りすぎということはありません。

■東大生へのメッセージ
「正解を選ぶのではなく、自分が選んだものを正解にする」
何かを選んだ瞬間に不可逆的に結果が決まるようなことは、人生においてそうそう起こりません。大事なのはその前後のプロセスです。そう考えられるようになれば、「こうしたい」と自分が強く思うことを実現する力と、偶然や人とのつながりで思いもかけず発生したチャンスを臨機応変に人生の中に取り込んでいく力を、バランスよく持つことができるはずです。

<了>

vol.3は2月下旬頃の公開を予定しています。
記事一覧はこちらのページに掲載しています。

○企画・運営 東大生協駒場書籍部
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